世界の窓ガラス事情

現代の私たちは、一般的にフロート製法でつくられた均一な厚さの一枚ガラスを普通の窓ガラスと考えています。しかし、フロート製法が発明されたのは人類の歴史の中ではごく最近のこと。それ以前は、世界じゅうでさまざまな種類のガラスが用いられていました。
日本においては、窓は紙と木で作られた障子で覆っていたのです。
フロート製法のガラス窓が主流になる以前は、ガラスはどのように用いられていたのでしょうか。いくつかをご紹介しましょう。

ガラスの製造技術自体は紀元前からある

古代メソポタミアでは、紀元前1500年ころからガラスの器が作られていたといいます。
しかし、これを窓ガラスのように建築物の窓にはめ込むようになったのは人類の歴史の中ではごく最近です。
ガラスは西洋のものと思われがちですが、中国や中央アジアなどでもガラス製品は作られていました。
ガラス製品のもっとも古い時代のものは、おもに装飾品でした。
日本でも、古墳時代にガラス製のビーズを連ねた首飾りが作られています。

はじめは小さなガラスを繋ぎ合わせたものが主流

ガラス窓のはじまりは、小さな円盤状のガラスをはめこんだ明り取り用の窓でした。
これが教会のステンドグラスのようなさまざまなモチーフを繋げたガラス窓に発展し、あるいは以下に述べるロンデル窓のような窓ガラスが生まれるのです。

ヴェネチアのロンデル窓

ヴェネチアを訪れると、ビンの底を幾つも並べたような窓ガラスの窓を目にします。
これを「ロンデル窓」といいます。
かつて現代のような平らな大きなガラス板を作る技術がなかったため、「クラウン法」という吹きガラスの製法で作られた窓ガラスです。
空気を吹き込んで中を空洞にしたガラスの片側を開き回して、遠心力で円盤状にガラスを拡げる方法で円い板ガラスを作り、ひとつひとつをステンドグラスのように鉛の枠で繋ぎ合わせ窓にはめこみます。
ガラスに歪みがあるため外の景色をはっきりと見ることはできませんが、窓ガラス越しに室内に差し込む光に趣を与えます。

古代ローマでは、ガラス窓が使われていた

先に述べたヴェネチアのロンデル窓は、小さな円盤状のガラスを繋ぎ合わせたものです。
しかし、驚くべきことに、文献によるとこれより千年以上前の古代ローマ帝国では、板ガラスによるガラス窓がすでに用いられていたとか。
それも、扉全体がガラスであったというので相当な大きさです。
残念ながら、物証としてはガラスが破片になって見つかっているだけですので、扉全体がガラスであったかどうかは定かではありません。
しかし、古代ローマ帝国の時代に板ガラスを作る技術があったのです。

古代中国のガラス事情

古代中国では、衝立をまるまるガラスで作ったものもあったとか。
これは漢の時代についての書物に出てくる記述ですが、著者が同時代の人物ではない可能性があるので漢代だけについて述べられているわけではないかもしれません。
しかし、それにしても一枚の大きなガラス板をつくる技術はあったわけです。
これが窓ガラスに用いられたかどうかというと、定かではありません。
一般的には中国も窓にガラスをはめこむようになったのは16世紀以降といわれています。

日本においての窓ガラス

日本で初めてガラス窓が作られたのは元禄時代。障子の枠に輸入ガラスをはめこんで使っていた大名がいました。しかし、ガラスは高価なものですから、当然庶民には無関係です。
時代が下ると、幕末に在日していた外国人の住んでいた洋館にもガラス窓が用いられています。
日本におけるガラス窓の一般化は、西洋建築がひろまってからです。
日本は木と紙の文化が長く続いており、ガラス窓が一般化してからも農村部などでは障子と雨戸を用いていた家屋が多いようです。

まとめ

近年では窓ガラスの技術もどんどん向上し、ただ外が見えさえすれば良いというものではなくなってきています。しかし、かつては戸を閉じたままで外を見るということはとても贅沢なことでした。
部屋に差し込む明るい日差しやガラス越しの景色が当たり前になったのはごく最近。
窓ガラスのありがたみを感じませんか?

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